古くなって役立たずのものや時代遅れのものを称して「骨董品」という言い方がありますが、それは骨董品に対して失礼というものです。
プロではなく、一般人向きの骨董市に行ってさえ、そこに並ぶ数々のものを眺めていれば、過去の時代の人々の生活に使われたり、眺めて慈しまれたりしてきたのだろう、古いからこその風格のようなものが素人にさえも伝わってきます。
「骨董品」という言葉を辞書的に定義すれば、希少価値のある古美術や古道具のこと。確かに、それらを手に入れるために高いお金を積んだり、ミステリィー小説さながらの骨肉の争いが起こったりという、金銭的な価値も含めて孤高の地位にいるような骨董品もあるでしょう。しかし、「董」の字の持つ意味は「奥深く蔵すること」。転じて「慈しむべき古物」のことでもありました。その意味をよりどころにするならば、アンティーク市の片隅で二束三文で投売りされているものも、それを気に入って買って持ち帰り、生活の中で大切にするならばそれも立派な「骨董」である。時代の波にさらされ、いい塩梅に古くなったものたちは、現代の生活にゆとりとか、豊かさとか、慈しむということなど、ふだん忘れてしまいがちな大切なことを静かに語ってくれるものでもあります。